遥かなる地での挑戦~イギリスで空手家を目指した英語教師

イギリス人の空手家との出会い

   6月初旬の夏の気配を感じる時期に僕はイギリスに初めて渡った。その際、イギリスの伝統や文化の重みを非常に肌で感じた。それはイギリスに飛行機で降り立つ直前、空から見えた街並みの景色や、初めて目のあたりにしたイギリスの19世紀の雰囲気を残している街並みで感じられた。空からの景色はほとんどの家の屋根がベージュ系一色で統一され、街並みはチャールズ・ディケンズの「大いなる遺産」、や「オリバーツイスト」などに登場する光景だった。石畳が地面一面に連なって,ヴィクトリア調のレンガを用いた建物が立ち並び、古き良き時代を大切にする文化がそこには根付いている。日本のように再開発に力を入れ、古き良き伝統が感じられる建物を減少させている国とは大違いである。毎週日曜日には公園でフリーマーケットが行われ、家具などの中古品がたくさん売られて賑わっており、日曜日の朝にはテレビで使い古された家具が高値で取引されているオークション番組が放送されて高視聴率を取っているという具合なのである。

     それはともあれ、僕がどうして英国に行くことになったかというと、勤務先での出張によるものだった。僕の名前は石上直人で、高校の教諭をしている。出張での職務は高校生を100人ばかり英国に引率し、一か月間現地の語学学校に通わせ、僕は彼らの監督業務をするということだ。僕は英語科教員として英国へ生徒引率するために度々行かなければならなかったのだが、この時は初めてだった。仕事はもっぱら生徒の管理なので普段の生活はわりと暇だった。イギリス人の教員たちとたまに夜になるとパブに飲みに行くくらいが唯一の楽しみだった。ちなみにここでいうパブとは、日本でありがちなカウンター越しに女性のいる飲み屋とは違ってPUBLIC(公衆)のための飲み屋という意味で、日本で見かけるワンショットバーのような店のことを言う。イギリスではこのパブという飲み屋が主流である。そのパブに、ある晩気晴らしに同僚を伴って行った際、僕は入り口のドアに空手道場のポスターが貼ってあるのを発見した。そこに馴染みのある空手流派のマークがあり、それは僕がそれまでやってきた空手流派のマークだった。僕が仕事で赴いた場所は英国でも田舎の方で、ケント州のハイスという港町だった。こんなイギリスの田舎町にまで日本の文化が浸透しているということに驚かされたのと同時に、とても嬉しかった。

      翌日、早速僕はその道場の所在地に向け、寮で借りた自転車に乗って向かった。そこは隣町のサンドゲートという町にあった。5分くらいで到着した。海岸沿いの通りから少し内側に入り、穏やかな坂を登った路地にある教会のホールにあった。中に入ってみると、私の空手着と同じマークの入った空手着を着ているイギリス人がたくさんいた。20人以上はいるようだった。その老朽化しているが頑丈そうに造られた教会のホール内に、

「セイヤー!」と日本人のような掛け声がこだましていた。